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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)1653号 判決

原告

豊公組運輸株式会社

被告

安井豊

主文

一  被告は、原告に対し、金一三万四、四四三円とこれに対する昭和五一年八月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金二九六万八、八七〇円及びこれに対する昭和五一年八月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、貨物運送を業とする株式会社であり、被告は、昭和四八年七月二日から昭和五〇年六月三日まで、運転手として、原告に雇傭されていた者である。

2  被告は、昭和四八年一二月一〇日、三重県桑名郡木曾崎村中和泉所在の奥小路工業株式会社(以下「訴外会社」という。)工場内において、原告所有の一五トン油圧クレーン車を操作していたところ、ブームを伸ばしたまま同車を移動運行すれば、同車が転倒することが容易に予知できたのであるから、その移動運行にあたつては、あらかじめブームを収納すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然とそのブームを伸ばしたまま同車を運行させ、よつて同車を転覆させた。

3  原告は、本件事故により、次のとおり損害を受けた。

(一) 油圧クレーン車修理代 金一五〇万〇、四二〇円

原告は、本件事故により、同車の分解及び部品取替修理費用として、豊国車輌株式会社に対し、総額金一五〇万〇、四二〇円を支出した。

(二) 同車引き上げ作業費 金一〇万円

原告は、本件事故により、同車の転覆車両引き上げ作業のためクレーン車二台、人夫二名を要し、このため金一〇万円を支払つた。

(三) 訴外会社の乗用車買い替え代 金二四万九、四〇〇円

本件事故により、訴外会社所有の乗用車(コロナライトバン)を破損させたので、原告は被告の使用者として訴外会社に対し、同車の買い替え代金二四万九、四〇〇円を賠償した。

(四) 同車の自賠責保険金 金一万九、〇五〇円

原告は、訴外会社に対し、同車の買い替えの際、自賠責保険の掛金分の金一万九、〇五〇円を賠償した。

(五) 休車損害 金八〇万円

原告は、本件事故により、前記クレーン車を昭和四八年一二月一〇日から昭和四九年一月一〇日まで修理のため使用できなくなつたところ、同車が正常に稼働しておれば、一時間当り金四、〇〇〇円の利益を得ることができたはずであり、一か月二〇〇時間は稼働可能であつたから、原告は、右期間内に金八〇万円の利益を失つた。

(六) 弁護士費用 金三〇万円

4  よつて、原告は、被告に対し、右(三)(四)の損害金については民法七一五条三項による求償請求権に基づき、その余の損害金については同法七〇九条による賠償請求権に基づき、合計金二九六万八、八七〇円とこれに対する不法行為の後である昭和五一年八月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、被告が同項記載の日、場所において、同項記載のクレーン車を転覆させたことは認めるが、その余は否認する。被告は事故の際、クレーン車の孫ブーム及び第二ブームは完全に収め、第一ブームも四分の一まで収めていたから、過失はない。

3  同3の事実はすべて不知。

三  抗弁

仮に本件事故の発生について被告に過失が認められるとしても、次のような事実があるから、原告の請求は権利の濫用であつて、排斥されるべきである。

1  原告側は、被告を採用するに際し、被告にクレーン車運転の経験がなく、大型自動車の運転免許も取得していないことを知りながら、被告に対し、クレーン車の運転技術について十分な指導、教育を施さないまま、本件のクレーン車の運転をさせた。

2  被告は、原告側から、クレーン車を運転する際にブームを伸ばしたまま移動することを禁じられてはいなかつたし、被告の先輩労働者らもブームを延ばしたまま移動しており、右のような移動方法が作業慣行となつていた。

3  本件事故の発生した現場には、被告を監督又は補佐すべき原告の従業員は派遣されていなかつた。

4  原告の従業員が起こした同種事故例については、損害の求償はされていないが、これに比べて本件事故の過失の程度は大きいとは言えない。

5  本件事故後、被告は原告代表者から「一年間一生懸命に働けば、責任は取らせない。」と言われたので、その後一年半にわたつて原告のもとで働いた。その間、本件の賠償について何らの話しもされなかつた。したがつて、原告は、被告を宥恕したと見られる。

6  原告は、損害の発生に備えて損害保険に加入しておくべきであつたのに、加入していなかつた。

四  抗弁に対する答弁

右主張は争う。抗弁事実中1の点は否認する。被告を採用する際、被告は起重機操作の経験があり、その運転免許を取得していること等を述べていたが、原告側では、採用後一週間にもわたり、クレーン操作の指導をし、とりわけ、クレーン車を移動する際にはブームを伸ばしたまま運転しないように説明した。同事実中2及び5の点は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実及び同2のうち被告が同項記載の日、場所において、同項記載のクレーン車を転覆させた事実については、当事者間に争いがない。

二  弁論の全趣旨によつて真正な成立を認めることのできる甲第六号証の一ないし三、証人名倉頼、同伊藤敏博、同青山明正の各証言、原告代表者、被告本人の各尋問の結果(証人伊藤敏博の証言及び原告代表者の尋問の結果については後記採用しがたい部分を除く。)に前記当事者間に争いのない事実を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  本件の事故は、昭和四八年一二月一〇日、三重県桑名郡木曾崎村中和泉所在の奥小路工業株式会社(以下においても「訴外会社」という。)工場内の通路上で発生した。同工場内の通路は舗装されておらず、トラツクやクレーン車の通行により、凹凸が生じており、ところどころに窪みとなつている箇所があつた。

2  被告は、原告の従業員として車両ごと訴外会社に派遣され、事故当日、右工場内において、一五トンクレーン車を用いて建材の運搬等の作業に従事していた。右クレーン車は、レツカー車とも呼ばれるが、車体の前部に移動用運転席が、後部にクレーン運転席があり、クレーン運転席部分にクレーンのブームが設置された構造となつている。右ブームは、親ブーム、第二ブーム、トツプブーム、孫ブームから成つており、後のブームを順次前のブームに収納することができ、最終的に親ブームの中に全体が収納されるようになつている。親ブームからトツプブームまでの各ブームを伸ばしたときの全長は約二三・五メートルで、親ブームの長さは約一〇メートル、第二ブームの長さは約七メートル、トツプブームの長さは約六・五メートルで、さらに上部の孫ブームの長さは、約六・二メートルとなつている。車体の下部からアウトレガーが伸びるようになつており、これを伸ばして車体を固定し、ブームを必要な長さに延長してクレーンを作動させる。

3  被告は、右当日午後〇時より少し前、右クレーン車を使用し、第二ブームを伸ばして作業をしていたが、訴外会社の従業員から右工場内の別の場所で作業するために、移動するようにとの指示を受けた。そこで、被告は、右クレーン車のアウトレガーを収納し、第二ブームを四分の一ほど収め、その角度を下げたのみで、完全に第二ブームを収納しない状態で、移動を開始した。時速五ないし一〇キロ程度の速度で進行し、通路が交差点となつた場所まで約一〇メートルほど進んで右折した。右折進入した通路の幅は約三メートルであつたが、右交差点から約五メートルほど離れた所に幅約一メートル、長さ約二メートルにわたり、最深部で約一五センチメートルに達する窪みがあつた。ところが、進行方向に向かつて、右窪みの左側に乗用自動車が駐車してあつたため、被告はこれに気を取られ、右窪みに気づかないまま進行した。その結果、右クレーン車は右窪みにはまりこんで左側へ傾いて、右乗用自動車の上に転倒した。

以上の事実を認めることができ、証人伊藤敏博の証言及び原告代表者の尋問の結果中、事故当事被告の運転していたクレーン車のブームは第二ブームとトツプブームの一部まで伸ばされた状態であつたとの供述部分は証人名倉頼の証言、被告本人尋問の結果に比べて採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  右二において認定した事実によれば、本件事故の主たる原因は、訴外工場の通路に大きな窪みがあつたことにあると考えられるが、右通路は、道路状態が良くなつたのであるから、相当の重量があり、安定の悪いクレーン車の運転者である被告としても、同車の移動にあたつては、道路の凹凸により転倒事故の起きうることを予見して、ブームを完全に収納したうえ、進路の状況をよく注視して安全に進行すべき注意義務があつたのに、これを怠つて、本件事故を発生させたということができ、重過失とはいえないまでも、被告に右の点に過失があることは否定できない。

四  原告の受けた損害

1  原告代表者の尋問の結果真正な成立を認めることのできる甲第一、第二号証、原告代表者の尋問の結果によれば、原告は、本件のクレーン車の修理を豊国車輌株式会社に依頼し、その代金として金一五〇万〇、四二〇円を要したことが認められる。

2  原告代表者の尋問の結果によれば、原告は、本件クレーン車の引き上げのためクレーン車二台と人夫二名を要し、このため金一〇万円を出費したことが認められる。

3  原告代表者の尋問の結果真正な成立を認めることのできる甲第三号証、原告代表者の尋問の結果によれば、本件クレーン車が転倒して、訴外会社所有の乗用自動車が破損したため、原告は、被告の使用者として訴外会社に対し、自動車の買い替え代金金二四万九、四〇〇円と、買い替え車両の自賠責保険金金一万九、〇五〇円、合計金二六万八、四五〇円を賠償したことが認められる。

4  原告代表者の尋問の結果によれば、本件クレーン車の修理に約一か月間を要したこと、クレーン車の収益は運転手付きで一時間金四、〇〇〇円であるが、一か月の稼働日数は二五日で一日の稼働時間は八時間であつて、一か月二〇〇時間稼働可能であることが認められる。ところで、原告代表者尋問の結果により真正な成立を認めることのできる甲第五号証によれば、原告は、被告に対し、一か月二五日稼働した月においてはおおむね金一四万ないし一七万円の賃金を支給していたことが認められる。右各事実に経験則を総合すれば、原告の休車損害は金四、〇〇〇円に二〇〇を乗じて得られる金八〇万円から人件費及び諸経費として三割を控除した金五六万円と認めるのが相当である。

五  そこで、抗弁について判断する。

1  前記甲第五号証、証人名倉頼、同伊藤敏博、同青山明正の各証言、原告代表者及び被告本人の各尋問の結果(但し原告代表者の尋問の結果中後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和四六年に運輸大臣から免許を受けて一般貨物自動車運送事業を営む株式会社であるが、右免許の取得当時で、グレーン車四台、クレーン車三台、一般車両一二台を有し、事故当時は、一六名の従業員をかかえ、毎月従業員一名当り数十万円にものぼる売り上げをあげていた。これに対し、被告は、本件事故当時、原告に雇傭され、労働日数に比例する基本賃金と諸手当とから成り、おおむね月額十数万円の賃金を受け、その賃金で妻子三名を養つている従業員であつた。

(二)  被告は、昭和四八年七月、原告に従業員として採用されたが、採用当時、普通自動車の運転免許と小型クレーン車の操作免許を有してはいたものの、本件事故車であるクレーン車のような大型クレーン車の運転経験は全くなかつた。ところが、原告の側では、これらのことを了知していながら、運転経験のある従業員を、たかだか数日間にわたり、しかも、顧客である訴外会社の工場内において、被告と同乗させて大型クレーンの操作を教えさせただけで、その後は、被告に単独で訴外会社における作業に従事させ、操作についての指導は、もつぱら訴外会社にまかせた。また、被告は、本件のクレーン車とともに、原告によつて訴外会社に派遣されていたが、原告の側から、被告を監督又は補佐する者の派遣は、されていなかつた。

(三)  原告により訴外会社に派遣された従業員で、被告より大型クレーン車の操作経験の長い者もあつた。これらの経験のある従業員は、ブームを伸ばしたままクレーン車を移動すれば、通路の典り角等では転倒などの危険があることを知つてはいたが、ブームを収納すれば数分の時間を費し、さらにこれを伸長するのに時間を要することから、クレーン車の借り受け人側からの要望もあつて、移動する距離の短いときには、第二ブームを収納しないで伸ばしたまま、移動する方法を採つていた。これらの従業員らと比して、被告の本件事故時のブームの長さは、特に長くはなかつた。

(四)  原告の従業員の過失により、本件事故の一、二年前に同種の事故があつたほか、本件事故後の昭和四九年一二月にも、本件同様の事故が発生したが、原告はいずれも、当該従業員に対して、損害の賠償請求をしなかつた。また、原告は、被告に対しても、被告が原告従業員としての勤務をやめるまで、本件事故による損害の賠償請求はしなかつた。

(五)  被告が、本件事故後、謝罪したことから、原告側ではそのまま勤務を続けさせ、被告は、本件事故から約一年半後である昭和五〇年五月まで原告の従業員として働いた。被告は、訴外会社から配置換えにされたが、仕事の内容は、時おり長距離トラツクの運転に従事したほかは、従前と同じく、クレーン車の運転を命ぜられた。被告の出勤状態は、自宅の火災の後三か月ほど出勤日数が少なかつたのを除けば、おおむね一か月二二日ないしは二六日の出勤で、特別悪いものではなかつた。

(六)  本件クレーン車は、価額が一台一、二〇〇万円を超える高価なものであり、前記のとおり、本件事故以前にも事故があつたのに、原告は、本件事故当時損害保険に加入しておらず、また本件事故後も加入していない。

(七)  被告は、本件事故により負傷したが、原告側において本件事故の届出をしなかつたことから、労働者災害保障保険金の受給を受けることができなかつた。また、原告は、雇用保険法に基づくいわゆる失業保険にも加入していなかつた。

以上の事実を認めることができ、原告代表者の尋問の結果中右認定に反する部分は採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮その他の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し、右損害の賠償又は求償の請求をすることができる(最高裁判所昭和五一年七月八日判決、民集三〇巻七号六八九頁参照)にとどまり、右限度を超えて損害の賠償又は求償をすることは、権利の濫用として許されないものと解される。

3  右1において認定した事実及び前記二及び三において検討したところによれば、原告は堂々たる営業内容を有する運送業者であるのに対し、被告は賃金生活を営む原告の従業員であつたところ、原告側では、同種事故を従前にも経験しながら、事故の発生を未然に防ぐための指導監督態勢を特に整えていなかつたこと、被告以外の原告従業員も被告同様のクレーン車操作をしており、本件事故時における被告の過失はさほど重大ではなかつたこと、本件の損害賠償請求は同種事故により原告が損害を被つた事例のうちで異例に属すること、本件事故後も被告は原告従業員として相当期間勤務を続けたが、その間の勤務状態も特に悪くはなかつたこと、原告側では、本件事故と同種の事故を経ているのに損害を保険により分散させる手だてを採つておらず、また従業員側の事故等による損害を填補するための努力もしていないことをそれぞれ認めることができる。

右に認定したところを総合して考えれば、原告が被告に対して請求することのできる損害額は、前記四の1ないし4の合計額金二四二万八、八七〇円の五パーセントである金一二万一、四四三円にとどまり、その余の請求は権利濫用として許されないものと認めるのが相当である。

六  本件事案の内容、審理経過、認容額に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めることのできる弁護士費用の額は金一万三、〇〇〇円とするのが相当である。

七  以上によれば、原告の本訴請求は、本件事故による損害金金一三万四、四四三円とこれに対する本件不法行為ののちである昭和五一年八月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 成田喜達)

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